スープのよろずや「花」

Vol.17 特定秘密保護法案 —わたしの紙面批評— 

 特定秘密保護法案をめぐる朝日新聞の報道は、ぶれることなく一貫していた。11月後半からは社説に加え、1面で著名人の「異議あり」を効果的に展開した。自民党の石破茂幹事長が自らのブログで「反対デモ」を「テロ行為とその本質においてあまり変わらない」と述べたことに素早く反応し、いち早く批判を加えたことには大きな意味があった。

 一方、与党の強引な国会運営に対して「拙速で手荒」(12月6日朝刊)と批判しているが、これまで「決められる政治」を後押しし、「スピード感」を重視してきたメディア全体の責任も問わなければならない。

 12月5日は法案成立に加担した公明党に対して、「補完勢力化進む/持論より自民に配慮」と鋭く迫った。「担当記者はこう見た」では岡村夏樹記者が、党創立者の池田大作氏が「大衆とともに」を立党の精神としたことに言及し、「公明党の存在意義が今こそ問われている」と指摘している。極めて的確な批判だ。

 しかし、遅きに失した感は否めない。公明党の態度に変化の余地があるタイミングで出すべき記事だろう。参議院の強行採決直前の指摘では意義も半減する。安倍内閣における公明党は、党是と行動が一致していない。「平和と福祉」という看板は、その本質において安倍内閣とは方向性を異にする。今後の公明党のあり方についてもオピニオン面などで果敢に論じるべきだ。

 11月末から掲載された「秘密保護法案・条文解説ここが問題」は、想定される事案を取り上げ、この法律の問題点をわかりやすく提示した。しかし、これもやはり掲載のタイミングが遅すぎる。なぜ法案が衆議院で強行採決される前に展開できなかったのか。今後は国会審議に影響を与えられる時期を考慮し、先手を打ってほしい。

 さらに、世論を喚起するには、一般庶民への影響を繰り返し報道すべきである。秘密保護法の最大の特徴は、社会の中に自主規制が拡大し、言論を萎縮させる効果を持つことである。今回審議された法案は、明らかに条文の詰めが甘い。しかし、法律として稚拙であればあるほど恣意(しい)的運用の可能性が担保され、過剰な忖度(そんたく)を拡大させる。戦前の軍機保護法においては、たまたま撮った写真に機密施設が写っていたというだけで逮捕され、旅行中の見聞を知人に話しただけで有罪とされた。効果は絶大で、人々は権力者のまなざしに怯(おび)え、口を閉ざした。

 「異議あり」欄において、小林よしのり氏が「『戦前みたいにはならない』。みんな、タカをくくっていないか」と指摘しているが、的確である。11月24日の社説は「秘密保護法案 自己規制の歴史に学ぶ」と題して、軍機保護法の問題を取り上げている。しかし、事例の取り上げ方が極めて淡泊で、読者の危機意識を喚起しない。社会に深刻な懸念が広がるまでに時間を要し、結果的に強行採決を許すことになったのは、庶民の平穏な日常が突然奪われる可能性を指摘しきれなかったからではないか。一部の特殊情報に関わる人間の問題との印象が広まり、自分には関係ないと素通りした人も多かったのではないか。

 メディアは、政治というアリーナにおける有力なプレーヤーである。報道には「伝えること」だけでなく、言論による政治力の行使も含まれる。今回のような法案に対しては、より果敢な姿勢が求められる。 朝日新聞はよく法案を研究し、健闘したと思う。しかし、タイミングが遅く、庶民の実感に手が届かなかった。この一連のプロセスを検証し、前に進んでほしい。

(中島岳志 北海道大学大学院法学研究科准教授。専門は南アジア地域研究、日本思想史。2005年「中村屋のボース」で大佛次郎論壇賞。)

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