No.17 第34回日本死の臨床研究会年次大会の報告

木村の報告

□ 基調講演「地域で看取る」岡部健
今年の緩和医療学会で岡部医院の医師のセミナーを聞いて以来、最も会って話を聞き、その人となりを知りたいと思った人の一人だった。人生を尾根に喩え、生の道標は山ほどあるのに死の側は真っ暗で道標一つない、という表現が印象に残った。私たちの課題は緩和医療の地域への普及という小さいものではなく、日本における看取りの文化の再構築という大きなもので、在宅緩和ケアは、病院や医療によって隔離された死を、もう一度世の中に送り届ける文化運動でもある。という岡部節と呼ばれる内容に頷く。私の初心でもある。今の自分にできるのは、いい看取りを1人でも多くの人にしてもらうこと。それで死生観が育まれて、もうちょっとやわらかくてあったかい社会になるように。

□ 対談「いのちの作法」太田宣承・笹原留似子
看取りを行う特養の副苑長兼お寺の住職をしている太田さんと、参加型納棺師として活動している笹原さんの対談。印象に残ったのは、看取りの際、医療行為を極力しない代わりに「心の点滴」として、そばに寄り添い縁の深い人達に昔話をしてもらっていること。それによってご本人には『私の人生、これで良かったんだよね、ありがとう』と自身の存在価値を確証させ、残されたご家族には『貴方が居てくれたから、今の私がいるよ、ありがとう』と受け入れの準備がされていくそうだ。実際、張り詰めた空気の病室で、ご家族に患者さんの人となりを伺うと、色々な話が出てご家族も和み、患者さんも聴こえてるんじゃないかと思える場面がある。その瞬間がなんとも言えずいい。悲しいんだけどあったかい。もうちょっと意識して働きかけてみようと思った。

□ 上映会「いのちの作法」
今年の初め、南総文化ホールで沢内村の映画「いのちの山河〜日本の青空Ⅱ〜」を観て、
何か縁があるのかしらと思い、見ることにしたが、ドキュメンタリーのナレーションが昭和初期のアナウンサーのような語りであっという間に飽きてしまった。初めの20分しか観ていないが、沢内生命行政が受け継がれているということを映していたみたいだった。
実際、今でも沢内村では誰かが亡くなると、村中で子どもからお年寄りまで家の前に出てお見送りをするそうだ。

□ ランチョンセミナー「地域で支える在宅緩和ケア〜一人暮らしでも大丈夫」 小笠原文雄
去年、富山の共生ケアで上野千鶴子のおひとり様の講演を聴いて、独居の老後ってそんなに根性入れないと出来ないものなのだろうか?私は一人暮らしでもどうせ死ぬなら家で死にたいなあ〜と思っていたので、このセミナーに参加。小笠原内科ではケアマネ資格を持つ訪問看護師がトータルヘルスプランナーとして中心になりチームで患者を支えるシステムをとっているそうだ。
なんか当院と似ている。ボランティアや自費ヘルパーが関わる場合もあるが、公的保険のみで賄う場合、夜間セデーションをかけて朝モーニングケアを受ける場合もある。夜間深い眠りの中で死んでも、それはそれで幸せだという死生観が確認されているらしく、孤独死とは呼ばないそうだ。また、印象に残ったのは、家に帰りたいという夫を受け入れない妻に対して「あなたさえ居なければご主人は家に帰れるのに。あなたが抵抗勢力だ」と小笠原先生が言って、仮想独居として関わっているうちに奥さんも「おむつ交換できちゃった」と受け入れちゃったというケース。独居で看取れるシステムがあって初めて患者さんは在宅か入院かをフェアに(金銭、不安、家族の負担など)比べられるんじゃないか。

□ シンポシウム「地域でつなぐ」
                佐藤靖郎、玉井照枝、木村理恵子、塩田剛士、黒田美智子
□ 事例検討「何もして欲しくない」という想いに対して、医療スタッフがどのように関わるべきだったか悩んだ一例
□ 市民公開講座「奇跡のりんご」木村秋則
□ シンポジウム「地域で支える」海野志ん子、寺永守男、秋山正子、藤田敦子
□ 市民公開講座「人生の実力」柏木哲夫
「自分にとって不都合なことが起こった時、その中に自分が人間として生きている証をみることができ、その中に感謝を見出すことができる力」
1、物事のプラス面をしっかりと見ることができる
2、自分に不都合なことが起こってもいらだたない
3、決断した結果をよしとする
4、しっかりと人を許せる
5、こころから謝れる
6、こころから感謝できる
7、人をねぎらうことができる
8、ユーモアのセンスを持っている
9、将来の可能性を見ることができる
10、縦の平安を持っている
                                   看護師:木村周子

岡の報告

 以前、安先生に死の臨床研究会のことを教えていただき、事例検討は臨床に即したことが活発に話し合われていていいよという勧めもあり、今回は事例検討にできるだけ多く参加しようと思って臨んだ。実際、質疑応答の時間が多く設けられており、また実際臨床の場面でいつしか悩んだり感じたりしたことが、似たようなケースとして紹介されており、どれも聞いてみたいという思いがした。
 始めに、仙台で在宅緩和ケアをされている岡部先生の「地域で看取る」という話をきいた。ご自身が現在癌ということもあるが、癌になってみなければわからないこともお話におりまぜながら、静かな中でも頼れる存在なのだろうなという感じの先生だった。
研究会全体としてとても有意義な研究会で参加することができとてもよかった。盛岡の土地も堪能できました。

① 事例検討:「子供の予期悲嘆を援助する」否認し続けた夫への介入

印象に残ったことば
・夫を実際亡くした看護師の意見があり、その当時子供は1歳で、その子の父親が亡くなることを子供に話しても年齢が低く理解はできないだろうと思い続けていたが、その時の現状を実際子供に話すことで、自分の「心の整理」になった。子供の年齢があがってくるにつれだんだん子供も、わかってくる。時間はかかるが、その時その時に、伝えていくことが大切。
・夫からだけでなく、患者さん本人から、子供に自分の現状を話していくことも大切。

② 事例検討:曖昧な「限界設定」にしがみついた援助者の言い訳―緩和ケア病棟における血小板輸血

自分が感じたこと
・「限界設定」は医療者側の立場寄りになりがちであり、その時の患者さんがどう思っているかにより臨機応変に対応することが大切なのではないか。
・以前、病院で働いていたとき、急変時の対応について、輸血をしないことなどを事前にカルテに明記していたことがあったが、その時その時に患者さんや家族と話し合って決めていくことが大切だと思い、以前の対応を思い出し反省した。
・MDSの進行に伴い、どういう状態が予測されるか、血液内科の専門医の意見もとりいれていくことが、患者さん、家族にとって安心感につながるのではないかと思った。専門医へのコンサルトを有効に活用していくことも重要ではないかと思った。

③ 柏木哲夫先生「人生の実力」の話

印象に残ったことば
・自分にとって不都合なことが起こった時、その中に自分が人間として生きている証をみることができ、その中に感謝を見出すことができる力、とのこと。
・人生の実力者の3つのことば:1ありがとう 2ご苦労様 3ごめんなさい これが心から言えるということ。
                                    医師:岡朱美

才村の報告

この研究に参加したのは岡部医院の岡部健先生の話を聞いてみたかったからです。仙台の岡部医院には、在宅緩和ケアチームの中に鍼灸師がおり、私の専門学校の先輩が以前勤務していたことから興味がありました。
そして岡部先生の「在宅での死の看取りから看取りの機能を医療者から一般社会に戻す」という言葉が気になっていたから。

今回の岡部先生の講演から

在宅医療を始めたきっかけ
病院で亡くなるのと在宅で亡くなるのと、なんでこんなに差があるんだろう。
病院では、つらいつらい死がたくさんあった。
在宅では人が死んでいく時に、つらくならない様にするメカニズムが組み込まれているんじゃないかと思うほど、自然な死の経過を辿っていったらひじょうに穏やかになる。
ショウゲキ!!

在宅医療を始めた時のテーマ

1 QOLを最期まで維持する。
2 個人史をもったひとりひとりの患者さんが、きちんと最期まですごせることが我々の目標。
医療保険や介護保険のためにやっているんではない、目標自体が患者さんである。その患者さんが本当に楽になるためには何が必要なのか考えてシステムを作る。制度が整ってないのなら、法を無視して突破する覚悟をもってやる。
3 死から逆算する。
  生をどこまで引き延ばせるかではなく、どうやったらおだやかな死が迎えられるか。穏やかな死を患者さんに提供するためには、何をすべきなのか、ひとつずつ作っていく。

死をとりもどす
死は医療の独占物であってはいけない、病院の死を作っていくシステムがそのまま在宅に移行している。
一般社会にはそれなりに死をうけとめるだけの文化がある、けれどもそれに医療が目を向けてこなかった。

緩和ケアの原点
南ニ死ニサウナ人アレバ行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ

メッセージ
やせ屋根の上に立ち、生の反対側のなんにも見えない真っ暗闇にどれだけ道しるべを立てられているのか、生を引っ張るのではなく、「あなたは患者さんに怖がらなくていいよと本当に言えているのか」

感想
岡部 健 様

左に生があって右に死があって、おまえは死への道しるべを示せているのかというけれど、道しるべとはいったい何でしょう。
道しるべとは岡部先生も言う「自分の過去の経験」なんだと
自分に道しるべが無いので、怖がっているのは患者さんをみている自分のほうです。ではどんな自分でいたいのか、せめて患者さんの横にいながらやっていこうと思います。
在宅での死の看取りを一般社会に戻すこと、それが本当にいいのかまだわかりません。けれどここ南房総では、まだ、地域、家族で看取ることができそうかもしれません、そこは花の谷の伊藤先生に聞いておきます。
それではお身体、ご自愛ください。
                                  鍼灸師:才村雅志

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