本のはじめにも書かれていますが、この診療所はたいへん慌ただしいはずなのに、なぜか本当に静かに時が流れています。
この本は、「ホスピスのある診療所」として、外来診療・在宅医療・入院(ホスピス)、そのうえショートステイ、さらにデイセンターの諸機能をそなえながら育ってきた千葉県千倉町「花の谷クリニック」の伊藤真美先生と、彼女をめぐる人たち(スタッフ、患者さん、その他の人たち)のことが書かれています。この施設は、多くの人がこころのふるさとと重ね合わせることができる場所であり、それは和風モダンであったり、ノルウエーの建物のようであったり、インドの雰囲気であったりします。その院長が伊藤先生であり、外見的には物静かで思索的な方です。彼女は理念を声高には語らないけれど、以下、本書に展開された彼女の発言を無理を承知でまとめてみます。
・ ソフトが大事とよく人は言うがハードも大事
・ 最先端の医療もできてターミナルもみるホスピスを
・ ターミナルもみるホームドクターに
そして
・ プロとしての看護・介護、ホスピスケアの基本であり、それは医療の本質である。
・ 外来、在宅、入院を選ばない。それは自由に行き来される。
・ クリニックは闘病の場所ではなく、自宅に代わっての医療の支えのある生活の場所でなくてはならない。
さらに
・ 緩和ケアは医療の基本概念だ。
-ホスピスなんかいらないのかもしれない-という言葉に集約されていきます。
ひとつひとつの言葉を拾っていくと、それは本当でありそうで、しかし彼女の真実から離れていく場合もありえますから注意が必要ですが、伊藤真美先生は「たった今傍らにいる人のために全力を尽くす人」です。彼女は、実際に深く考えているようであり、背も高いし、カッコいい。しかし、おそらく彼女をよく知る人は「実は気まぐれで、あまりものを考えず、やぶから棒である」と言うでしょう。(伊藤先生ごめんなさい)彼女に触れる人は取り込まれていきます。「ふつうのこと」を実現しようとする彼女のあまりの真摯さに。
そしてその不器用なアプローチに。「人間みんな、死んでいくのは大変だと思う」というその心に。彼女のまわりには人が集まっていきます。彼女に助力を願う人、また彼女の真摯さを手助けしたいと思う人。患者さんんもスタッフもそうして集まっていきました。この本に登場する人もしない人も、それぞれの方の思いはいつも本当に真摯です。
さまざまな方の心のなかにあった思いが、この「花の谷」の出会いのなかで、掘り起こされ、癒され、また他の人のためになっていきます。そうして、見学をきっかけにここに勤めることになった高木先生もそしてこの本の著者である土本さんも、その「思い」はこの場「花の谷」に根づき、そっと花開いています。そしてなぜかハード(土地や建物)も彼女の経済状態に見合わず、彼女についてきてしまいました。
この本自体は、まるで伊藤先生のように、まるで「花の谷クリニック」のように、読んだ人を取り込んでしまう本になっています。高崎の小笠原先生に、山梨の土地先生に、静岡の田中先生に、各地に夢は共鳴し、さらに波及しています。あなたも、この書評を読んでくださった時点で、すでに取り込まれています。願わくば、この本を直接手にとって、その心に触れてみていただきたいと思います。
全身で伊藤先生や「花の谷」の人びとと出会い、自分の体験と思索を通して実際の「花の谷」と同じ「場」を1冊の本として凝縮してくださった著者土本亜理子さんに敬意を表します。
塩山診療所 古屋 聡--
日本医学ジャーナリスト協会の新刊紹介